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海辺の叙景

音楽の話などをします

「ディグ」

 大学に入学して一ヶ月ほどが経ち、新しい生活にもある程度慣れてきました。大学にはいろいろな地域から、いろいろな人が集まっていると聞いていましたが、自分が思っていた以上にそれは顕著でした。自分は音楽系サークルに幾つか所属しているのですが、先輩や同級生は皆とても個性的で衝撃を受けますし、クラスの友人も皆どこか尖っている感じがします。そういう人たちと接しているうちになんだか、自分には個性がないように思えたり、自分の音楽に関する知識の乏しさに落胆してしまうこともここ一ヶ月の間には少なからずありました。

 

 「ディグる」という言葉が最近、巷で流行している気がしますが、ミーハーな僕はこの言葉を連呼しております。「ディグる」という言葉は、”Dig”をする、すなわち掘り下げるという意味で使われていて、レコードを漁ったりするときなんかに、「ちょっとバイナル、ディグるわ~」なんて言うと音楽通っぽさを演出することができます。(ちなみにバイナルとはアナログレコードのことです。)僕は友人にオススメのジャンルやバンドなんかを聞いては音源を「ディグる」のですが、これは誰もが行う事であると思います。

 

 音楽に詳しい人が周りに多く存在していると、つい自分の音楽の知識の乏しさに落胆し、強迫観念にとりつかれたかのように音源を「ディグり」ますが、どの音楽ジャンルも、掘り下げても掘り下げても音源が出てくるような底なしの沼なのです。当たり前のことかもしれませんが、音楽は単純に楽しむために聴いているはず。強迫観念に取り付かれたかのように音源を「ディグら」なければならないのでしょうか。答えはノーだと思います。

 

 「いろいろなジャンルの音楽を聴いて、自分の視野を広げよう」なんてよく言われますが、僕が思うに別に無理して視野を広げる必要もないですよね。むしろ、外の世界を知らない井の中の蛙になり、自分の好きなものをひたすら聴いて自分の世界を創りあげるのが音楽の醍醐味ではないかな、と僕は思います。家の外にでてレコード屋の棚を「ディグる」のではなく、自分の部屋に籠って自分の心を「ディグる」ことを大切にしたいですね。

 

 

 なんだか説教くさいですか?そう感じた人は一つ前の文章の「自分の心」を「自分の尻の穴」に変えてもらってかまわないです。